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後漢~三国時代のの幼名

 今描いている後漢が舞台の小説に、十代の少年少女たちが登場するのですが、とちゅうまで書いたところで「そういえば中国人って幼名とかつけるよね?元服っていつだっけ???」と思って、ちょっと百度とかにいって調べてみました。
 どうやら中国では今は幼名の事を「乳名」というらしいです。

中国版wiki「乳名」
百度百科「乳名」

 これらによると、昔の乳名は花鳥風月からとったり、縁起のよさげな字を使ったりしたケースが多い模様。そういえば、眭固の幼名は「白兎」でしたね。
 あと某ちゃんねるかどこかで「曹操の幼名阿瞞は、死神や貧乏神よけにわざと悪い意味を使ったんだ」と書いてる方がおられましたが、そういうふうな説明はされてないな・・・ていうかそれって日本ではよく聞きますが、中国ではあまり聞かない気がします。文醜の「醜」は強いっていう意味もあるのでわかるんですが、瞞っていい意味ありませんからね。やっぱり悪い字を幼名に使う事もあったのかな。それか曹瞞伝がDisって作り話をしたのか・・・でもそれにしても捏造だとわざわざ「曹瞞伝」なんてタイトルにしたところでなんの本か読む人にはわかりませんしね。うーん・・・
 あ、「三国志ファンのためのサポート掲示板」でも三国時代の幼名の話が出てたみたい・・・しかし小字と一名はどう違うんだ。謎だ・・・

三国志関連人物の小字

 ちなみに元服はむこうでは「冠礼」といい、だいたい民間だと15~20歳の間だと百度なんかでは書いてありますが、地域によって違ったとか。たぶん時代でも変動したのではないかと思います。
 

 
# by grayrose | 2012-03-29 14:56 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

古代中国の結婚の色

※ 漢代の夫婦をうたった詩「孔雀東南飛」には、花嫁が青盧に入ったとあったとありました。これが入っている「玉台新咏」は南北朝の成立だっていうのがひっかかりますが……「孔雀東南飛」自体はいつできたんだろう?(4/6追記)


 中国で結婚式の時に赤づくめなのは有名だったけれど、もっと古代は黒が結婚の色だった……と前に書きましたが、有名な曹操と袁紹のエピソードで
「花嫁をさらうのに、泥棒! と叫んで、青盧から飛び出たところを云々」(世説新語)
 とあるのを読んで、あれ?と思いました。

 ブログ「雲外の峰」さま→http://takusen2.seesaa.net/article/134918568.html

 によれば、陳舜臣先生は漢代は結婚の時の色は青だったと書かれているとのこと。
 でも、曹操って娘たちの結婚のとき黒づくめにさせてなかったっけ?周が黒づくめだったからそのまま引っ張られてそう思ってしまっただけかな……とわけがわからなくなりました。
 ちなみに南北朝時代になると青盧の中で新婚夫婦が拝礼する、という記述があるそうなので(「酉陽雑爼」中国社会風俗史より)、同じ南北朝時代に編纂された「世説新語」が、当時の風俗をそのまま三国時代のものとして書いてしまったのではないかな? と、ちょっと思ってしまったりするのですが……
 曹操の娘たちの結婚のエピソードは「傳子」ですが、あちらは西晋の時代のものです。南北朝よりは三国に近いです。
 詳しい方のご意見求む。
# by grayrose | 2012-03-21 14:35 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

無双6クリア!(上・ネタバレ)

前回、猛将伝の記事を書いたら検索にそれ関連のキーワードがいくつか来ていました。



いらっしゃった皆様は、事前情報オンリーなのでさぞやガッカリされたことと思います。すみません(´・ω・`)
ちなみに郭嘉の絆を上げるのは、とっくに皆様ご存じかと思いますが、

・青州で行商人に頼んで援軍にする
・救出戦で助けてあげる(牛頭山、エン州救出戦)

この二つが手っ取り早くて確実です。イケメソを戦友にしましょう。



というわけで、猛将伝と一緒に、放置していた無双6も先日クリアしました。続きで感想をざっと書きです。もう発売からだいぶたっていますが、それでもネタバレ避けとあと長すぎるので畳んでます。


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# by grayrose | 2011-10-20 17:26 | 三国無双 | Trackback | Comments(0)

「郭嘉」ってたぶん普通の名前だったよね

今、中国人(華僑)の出てくる小説を書いてます。三国志の現代パロなんですけどね。
主人公は三国志な方々が占めるのは当然なんですが、脇を固める人たちに何人かオリキャラがおりまして(現時点で2人)、彼らの名前をどうしようか考え中です。下書きでは
”●●●”
なんていう表記で済ませて、清書でそこに名前を入れようと考えてるんですが。

で。
日本人の我々の間では「ダサイ名前」「カッコイイ名前」「DQNネーム」などと色んな名前のセンスがあるわけです。もちろん創作品では名前ははっきりキャラ付けの一つとして重視されていて、美少年に「権田左衛門」とはそうそう付けないし、知的な教授の名前が「月汰道(ゲッタウェイ)」とか「呪修茶奴(ジュスティーヌ)」なんてありえないわけです。森鴎外の子供たちって当時はDQNネームなのかそれとも先進モダンと思われたのかどっちかな。
そしてそうしたネーミングの流行とかいうのは中国にだってあるはずだ!と思うんですが。
以前にもこのブログでそんな話をした時は
「”娥”は古臭い」
「”軍”も文革時代の名残りみたい」
というコメントをいただいたのですが、そこらへんまとめて知る事が出来る本とかサイトとかありませんかなぁ。ぶっちゃけ中国の電話帳とか大学の名簿とかさ(個人情報かよ)。
ちなみに苗字に関しても、日本人にとっては
”王張趙陳金”
あたりでないとそうわかってもらえなさそうで不安が・・・三国志を好きな方々ならそうでもないと思いたいのですが。

して「中国 名前」で検索すると色々出てきました。でも名前ばっか集めまくったとこはさすがにありませんでしたが・・・

・アニメの中に出てくる「これは無い」と思った名前の中国人キャラ
・中国でつけちゃいけない名前トップ10

・・・ピンインでヘンな意味にならないようにとなると、あっちの言葉がわかんない身には難しいなぁ。(´ε`;)ウーン…とりあえず「老二」がダメなのは知ってる(オチがそれかよ)。




☆拍手ありがとうございました~~~!
# by grayrose | 2011-09-16 01:54 | 雑談 | Trackback | Comments(3)

もうひとつの「北方三国志」

みなさまお久しぶりです。もう毎回これだから月イチ更新ぐらいってことにしたほうがいいのかもしれません。とにかく来てくださっているみなさま、本当にありがとうございます。
さて今日は、以前裏ブログでご紹介したネタを、こちらにしかいらっしゃらない方々のために、あらためてこちらにも載せようと思います。サイトのほうにも来てくださっている方には
「またかよ~これ読んだよ」
ですわな。すみませんすみません(;´Д`)


というわけで本題。
ここに来ている皆様は言うまでもなく郭嘉スキーであることでしょう。その皆様であるならば、
”北方三国志”
と一言書いただけで嫌な思い出モードとか一生未読でいいよモードに突入するとわたくしは察します。なんたって、どこの作品でも郭嘉が死ぬと深く悲しむ曹操が、ここではやはり同じように途中までは何としても病の彼を生かしたいと願いながら、死んでしまうとあっさりと「死んだら役立たずだか」なんぞと独白して、あとは世評を集めるために悲しむふりをしてその死を存分に利用しまくると言うイヤすぎな展開でしたから。
これに関してはレビューとかを読むと、そのままの受け取り方をする人と、悲しさを認めてしまうとどん底になるのでリミッターがかかったのだと解釈する人がいるようです。うーん。
私としては、両方折半というか、目標に向かって突っ走るあまりに悲しむ余裕もなくて、ただ「なんでこんな時に死ぬかな!」というイライラばかりが優先してしまったのかなと。トップの人間が陥りがちな心理状態というかね・・・(´・ω・`)
郭嘉が死んだ時も曹沖が死んだ時も襲ってきた心因性くさい頭痛が、心の底で感じている自己矛盾から来る苦悩だったのか、喪失感からだったのか、あるいは「ああああクソこんな時に死にやがってムカつく」という怒りからだったのか、ここ色んな方々に聞いてみたい気持ちです。

それはさておき。
今漫画化もされているその北方三国志(これはこれで郭嘉の扱いどうなるのか気になります)ですが、じつは
90年代後半にTBSラジオで放送されていた
という事実を知ってしまいました。
ファンの間では周知の事実でしょうが、私は初耳でしたよ。しかも原作とは違う部分もあると聞き、ぜひ聴かなくては!と思ってググったら、拍子抜けするぐらいあっさりとニコニコ動画に置いてあったからこれはもう聴くっきゃない。でもまあ・・・郭嘉なんてチョイ役みたいな扱いだったし、どうせ原作どおりに鬱にさせてくれるよ・・・・と思っていたら

違ってました。

そう、違う!!

なにが違うって?

郭嘉の死を悼むフリをする曹操と何が違うって?

郭嘉の死を悼むフリ・・・じゃない曹操ってことですよ!!

郭嘉の死が本気で悲しい曹操って事ですよ奥様アアア!!


その現物がこれ。


(郭嘉は31分ごろから登場)


(こっちは23分ごろから)


結構長いので、スクロールバーなどで早送りなどしながらご覧になることをオススメします。
実際ご覧になっていただくとしてこちらでは詳しい内容には触れませんが、なんかえらいビックリして半日ぐらい魂抜けた状態になってしまいましたよ。
ねえ、これどこまで北方氏が噛んでるの?死ぬな云々という長い台詞は北方テイスト満載ですが、あれは北方氏が考えたんでしょうか?
この改変にいたるまでの流れが非常に気になります。スタッフあるいは脚本家(横山晃氏といって、必殺シリーズなどを手掛けられたようです)のほうから打診があったのでしょうか。それとも北方氏自身の意思だったのでしょうか?ぜひ後者であってほしいのですが。
流れとしては原作の方が、人間らしさを失って、劉備と反対に孤独になっていくさまが鮮明で演出が効いてる・・・かな(赤壁の敗戦も生きてくるし)?とはいえPS2版もこれはこれで、徐庶とかの「友達いないでしょアンタ」とかいうセリフが、曹操が郭嘉を好きだったりする気持ちなんてみんなしらないんだね・・・と、原作とは別の意味で孤独な曹操像を演出してるのかなとも思ったり。
にしても今回あらためて再び北方モノに触れて思ったのは、郭嘉もクールというかミステリアスだなぁ・・・ということ。
顔は青白いのに目ばかりぎらついてる、でしたっけ?曹操を神でも見るかのように見つめていたようで、じつはその視線が曹操を通り越して別の何かを見ていそうな印象を受けなくもないんですが(曹操にだけ従順、とあったので、彼を好きなのは間違いではないんでしょうけれど)。なんかあの敵に容赦のない性格とかも相まって、人間でいる余裕を見失った曹操と同じタイプなのかな、とかちょっと思ったりして。もし曹操がヌルイ方向に路線変更したら、果たして郭嘉はついて行ったんでしょうか(反語)。なんだか彼は彼で、曹操が彼を見切ってしまったように、彼も曹操を切り捨てることができてしまったんじゃないか・・・なんて。
あれ・・・なんだろう?そう思うと曹操が郭嘉を見切ったのを読んだ時以上に鬱になるのは・・・ずっと、郭嘉の気持ちはともかく曹操の側から郭嘉への愛惜さえあればいいとばかり思っていたんだけど・・・・・郭嘉から曹操への敬愛も自分にとっては必須だったってことかい?(´・ω・`;)

とまぁ。
我らがトラウマ「北方三国志」にはパラレルがあった!というお話でした。
あ、ちなみに曹沖についても郭嘉ほどじゃないけど死に対する曹操の姿勢が違います。ぜひ見て下さいませ。
みなさまのトラウマが軽くならんことを!!
# by grayrose | 2011-09-14 20:48 | 郭嘉 | Trackback | Comments(0)
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